「愉しき哉人生」を観る | 猫のおなか

「愉しき哉人生」を観る

日本映画専門チャンネルで4ヵ月に渡って「4ヵ月まるごと成瀬巳喜男劇場」 が放送されています。今月は最終月で、もう最後の数本になりました。

昨日放送されたのは戦中に作られた「愉しき哉人生」(昭和44年作品)。この映画、戦中の映画にしてはちょっと風変わりです。
元々は軍部からの要請(っていうか強制)で、戦時下の市民へ向け「欲しがりません勝つまでは」「足らぬ足らぬは工夫が足らぬ」の標語のような映画を作れという話だったらしいのですが、出来上がってきたのは……ちょっと軍部の思惑とは違っていたようです。

とある田舎町にやってきた不思議な一家。父親とその娘二人の三人家族。
普段からなにかと小さいことで喧嘩したりしていてあまり仲のよくない村人達は、東京からやってきた新参一家を遠巻きにしている。いつも妙にニコニコしてるこの家族、「よろず工夫屋」なる看板を掲げて商売を始めるが、聞いたこともない商売にまた、ちょっと変だぞ、頭がおかしいんじゃないか、などど陰口を叩く者もいる。
このよろず工夫屋、なんでも工夫すれば愉しく過ごせる、たとえばニンジンのしっぽやなんかでフルコースを作ってご馳走してみせたり、桶屋が桶を叩いて騒音まがいのお題目を唱えていても、これは素晴らしい音楽ではないですか、と一緒に踊ってみせたりする。
最初は興味本位だった村人も、だんだんとこの一家に馴染んでくる。みんなが、愚痴をやめて生活を愉しみ始めたころ、一家はまたどこかへ引っ越してしまう。

この一家の下の娘を演じているのが子役時代の中村メイコで、この子が友だちのタカシくんにこんなことを言います。

「オモチャを買ってもらえなくったっていいのよ。だって今買ってもらえないなら、買ってもらった時にずっと嬉しいわ。なんだって、喜べるのよ。喜びの遊びっていうの。お父さんが教えてくださったのよ」
「片手を怪我したお友達がいたら、ああ、両手でなくて本当によかった!って思うの」


さあ、ピンと来る人はいるはずです。実はこの話、ベースになっているのはエレナ・ポーターの名作「少女パレアナ」なんですね(パレアナで判らない人、「愛少女ポリアンナ」でわかるかな?)。エピソード自体は成瀬オリジナルでしょうが、いまや「パレアナイズム」という言葉にまでなっているその独特な発想法、思考の転換の方法が、そのまま反映されています。
「少女パレアナ」は、1913年にアメリカで発表された大ベストセラーです。その後大正時代後期か、昭和の初めには、日本でも(ちゃんとした翻訳本ではないかもですが)紹介されたそうです。

戦意昂揚を目的として作らせたはずの映画が、実はアメリカのベストセラー小説をベースにしていたなんて、成瀬監督のちょっとしたイタズラ心でしょうか。
公開前の検閲で、当局から「時局柄内容低劣」と、怒りを買ったそうですが、このほのぼのした映画にそういう反応をするということは、検閲官には元の話がわかったのかもしれませんね!